犬が下痢をする原因は、多種多様です。
病気だけでなく、ストレスなどの精神的なものや、食べ過ぎ、食べ慣れないものを食べたことによる胃腸への刺激によって下痢をしてしまうケースもめずらしくありません。
また、特に治療を行わなくても2~3日でいつもの良い便に戻る場合もあります。
ただし、下痢が長期間(3週間以上)続く、再発を繰り返す、日に日にひどくなるといった場合には、感染症、膵炎、慢性腸症(CE)、腫瘍、消化管内異物の可能性など、さまざまな疾患が疑われます。
食べた物は、胃、小腸(十二指腸、空腸、回腸)、大腸(結腸、直腸)で消化・吸収され、便となって排出されます。それと同時に、すい臓からすい液が、肝臓と胆のうからは胆汁が分泌されて、消化がさらに促されます。
この一連の流れに何らかの問題が起きると、下痢や血便、嘔吐などの消化器症状が現れてきます。
一口に“下痢”と言っても、下痢には様々な種類があります。
どんな下痢をしているのかによって、ある程度下痢の原因を絞り込むことが出来る場合がありますので、下痢について獣医師に相談する際には以下の写真を参考にしてください。
比較的軽度な下痢です。良便と比較すると明らかに柔らかいものの、手でつかむことが出来る程度の形は有しています。
中程度に進行した下痢です。
便の形は失われ、泥のようにベチャっとし、つかむことが出来ない状態です。
次にご紹介する水様性下痢(水下痢)とは異なり、未消化物が含まれることは少ないです。
重度の消化器症状の際に見られる下痢です。動物がいきまなくてもシャーっと出てくる液状の便が主体となっています。
腸の消化吸収能力が大きく低下してしまっている場合が多いため、液状の便の中に未消化物(食べたものがそのままの形で出てくる)が混じることもあります。
胃や十二指腸など、上部(比較的口に近い方)の消化器で出血があった際に見られる便です。
上部の消化器で出血があると、おしりから便として出てくるまでに時間がかかるため、血が消化液で変質し黒色に近い色になってしまいます。
なお、生肉やレバーなど血液を多く含む食べ物を与えた時には、健康であったとしても黒い便が出てくることがありますがこれは問題ではありません。
大腸や直腸など、下部(おしりに近い方)の消化器で出血があった際に見られます。
先にご説明した黒色便とは異なり、おしりのすぐ近くで起こった出血は消化液と接する時間が短いため、そのままの血の色を維持した状態で出てきます。
大腸性の下痢の際に見られる、ブヨブヨとしたゼリー状の粘膜を伴う便です。出血が伴うとイチゴゼリーのような見た目になる場合もあります。
このゼリー状の粘膜の正体は腸から分泌されるたんぱく質の一種で、腸内で便をスムーズに移動させるためのものです。
通常は大腸を通過する際に吸収されてしまうために、便として外に出てくることはありませんが、大腸に何らかの異常が生じると、この粘膜の吸収作業が不完全になり、粘膜便として外に出てきます。
灰色や白っぽい便です。
胆のうに障害があって胆汁の分泌量が少なかったり、慢性すい炎やすい外分泌不全などですい液が十分に分泌されなかったりする場合に、消化不良で白っぽい脂を含んだ便(脂肪便)が出ます。
下痢は、消化器疾患の病気でその原因は様々です。しかし、今起きている下痢が小腸由来なのか大腸由来なのかなど、排便の状況から推察することもできます。
下痢の原因究明の手がかりとなる可能性がありますので、日ごろから排便の傾向を把握しておき、診察の際に獣医師にお伝えください。
下痢を引き起こす可能性がある感染症には、寄生虫性疾患(犬回虫、コクシジウム、ジアルジア、クリプトスポリジウムなど)、細菌性疾患(Clostridium perfringens、Clostridium deifficileなど)、ウイルス性疾患(犬ジステンパー、犬パルボウイルスなど)があります。
犬回虫は獣医師が最も診断する機会の多い消化管内寄生虫です。
人にも感染してしまう恐れがあり、特に幼児に見られる内臓幼虫移行症の原因となるため、わんちゃんが回虫に感染してしまった際には注意が必要です。
犬回虫症は子犬に多く、通常量の感染ではほとんど無症状である場合が多いですが、胃腸内での虫体の成長に伴って下痢や嘔吐などの消化器症状が出てくることがあり、栄養不良による二次感染を併発することもあります。
糞便の顕微鏡検査により虫卵を確認することで診断されることが多いです。
コクシジウム症はコクシジウムと呼ばれるグループに属する原虫による感染症で、子犬に見られることが多い病気です。
感染しても無症状である場合が多いですが、下痢や軟便などの消化器症状がみられることもあります。
糞便の顕微鏡検査により虫体を確認することで診断されることが多いです。
ジアルジアは主に小腸に感染する原虫で、非常に生命力が強く、駆虫薬や消毒薬で駆除を行ったとしても再感染がおこりやすい感染症です。
人をはじめとした多くの動物に感染する可能性があります。
多くは一時的な下痢や軟便で、重症化することは稀ですが、免疫力が低いお子さんやご年配の方ではリスクが高まるために注意が必要です。
糞便の顕微鏡検査や抗体検査、糞便中の遺伝子を検出するPCR検査などにより診断されます。
クリプトスポリジウムは小腸に感染する原虫で、消化器症状の原因になります。
免疫が正常なわんちゃんでは症状が出たとしても一過性の下痢を示す程度で、多くは無症状です。ただし、ジアルジアと同時に感染することで重症化のリスクが跳ね上がると言われており注意が必要です。
糞便の顕微鏡検査や、糞便中の遺伝子を検出するPCR検査により診断されます。
細菌性腸炎はClostridium perfringens、Clostridium deifficileなどが原因で発生する腸炎です。一般的な症状は急性嘔吐、下痢、発熱で、通常は対症療法により治療されます。
糞便の細胞診検査、糞便培養、糞便PCR検査、糞便中の毒素検出などによって原因菌の有無を確認することはできますが、これらの細菌は無症状のわんちゃんの胃腸内からも検出されることが多く、確定診断には細菌自体の検出よりもその他の疾患をきちんと除外してあげることが重要です。
犬ジステンパーウイルス(CDV)によって引き起こされる感染症で、混合ワクチンの接種により発症・重症化を防ぐことが出来る病気です。
発熱や食欲廃絶、目やになどの一般症状に加え、鼻水や発咳などの呼吸器症状、下痢嘔吐の消化器症状、けいれん発作や運動障害などの神経症状など、多岐にわたった症状がでます。
ワクチン未接種で免疫が不完全な子犬が犬ジステンパーウイルスに感染すると、重症化する可能性が非常に高く、死亡することが多い病気です。
犬パルボウイルス(CPV)によって引き起こされる感染症で、混合ワクチンの接種により発症・重症化を防ぐことが出来る病気です。
子犬での報告が多い感染症ではありますが、ワクチン未接種などの成犬でも問題になることがあり、急性の下痢や嘔吐をはじめとする重度の消化器症状を引き起こす感染症で、死亡率も高い怖い病気です。
各種検査によりこれらの病原体が見つかれば、それに応じた駆虫薬・抗菌薬などを投与します。
病原体は薬に抵抗性をもつこともあり、このような場合、うまく薬が効かないことや、一時的に良くなっても数日後に再発してしまうことがあります。
そのため症状が改善したように見えても再検査をし、完全に病原体がいなくなっていることを確認することも大切です。
人間と同じ様に、わんちゃんでもストレスが原因で下痢になることがあります。
引っ越しや騒音、季節の変わり目など環境の変化がきっかけとなりやすいので注意が必要です。
いつもよりお留守番が長いなどの小さなきっかけがストレスとなり、下痢を引き起こすこともあります。
ストレス性の下痢の場合は、ストレスの原因を取り除いてあげるだけで解決する事が多いですが、下痢の他に嘔吐、脱毛、皮膚炎になるまで執拗に体を舐める、血が出るほどしっぽや足先を噛むなどの行動がみられる場合があります。
この場合、かなり強いストレスを感じている可能性があるので早めに獣医師に相談してください。
膵炎は程度によって症状が大きく異なります。
一時的な下痢・軟便などの軽い消化器症状のみが見られる軽度な場合から、全身的な炎症反応を引き起こし短期間のうちに死亡するといった重度な場合までさまざまです。
膵炎は症状や、血液検査・画像検査などによって総合的に診断されますが、そもそも様々な病気から二次的に発症することも多く、膵炎以外の病気が隠れていないか、しっかり検査をすることが大切です。
対症療法を行っても下痢や嘔吐、食欲不振などの消化器症状が長期間続いている、または再発を繰り返す場合には、慢性腸症(CE)と診断されることがあります。
慢性腸症の病態はまだ不明な点が多く、腸粘膜の持続的な炎症や、腸柔毛などの構造破綻が症状の発現に関与していると考えられています。
一般的には食事療法、抗菌薬、副腎皮質ステロイド剤による治療により症状が改善されますが、難治性の場合、これらの治療を行っても十分に効果が得られず、死亡に至ることもあります。
当院では、これらの症例に対して細胞治療を行なっています。
細胞治療は、細胞のもつ炎症を抑える働きや、免疫バランスを調整する働きを利用することで、従来の治療で効果がなかったわんちゃんに対しても、腸の炎症を抑え、便の改善や食欲の回復が期待できる最先端の治療法です。
当院が行った、わんちゃんの難治性慢性腸症を対象とした細胞治療の臨床研究では、約8割のわんちゃんに、何らかの症状の改善が認められました。
詳細はこちらをごらんください。
慢性的な消化器症状が続いている場合、腫瘍性の疾患である可能性も否定できません。
消化器症状が出る腫瘍の中でも特に発生頻度が高いものが、消化管型リンパ腫になります。
血液検査や超音波検査などの画像検査で腫瘍を疑う明らかな異常が見つかることもありますが、中には画像診断だけでは診断不可能なものもあるため、腫瘍性の疾患が疑われる場合には内視鏡検査などにより腸の組織生検を行い、病理学的な診断を行う必要があります。
下痢を生じる感染症については、混合ワクチンなどの定期接種でしっかり予防しましょう。
食物アレルギーが疑われる場合には、なるべく早期にわんちゃんに合った食事を見つけられるよう、獣医師と相談しながら食事内容を検討すると良いでしょう。
環境の変化によるストレスで下痢をしやすいわんちゃんは、外からの多種多様な刺激に対して慣れさせる“社会化”を行うのが、下痢のひとつの予防法になります。
ドッグフードの急な切り替えや普段食べなれないものを食べた際に、胃腸がビックリして下痢になることがあります。ドックフードを切り替える際には、元々のフードに少しずつ新しいフードを混ぜて、徐々に新しいフードの比率を増やしていくといった方法で行うとより安心です。
定期的に健康診断を受診し、下痢の原因となるような病気を早期に発見して早期に治療を開始することも大切です。
このように同じ下痢であっても多種多様な原因・病気が考えられ、治療方法もさまざまです。2~3日経っても下痢がおさまらない場合には、早めに動物病院で受診、検査をおこなってください。
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