脊椎脊髄疾患の増加
愛甲石田どうぶつ病院では、1990年の開院以来一貫して、犬猫の一般診療および脳神経外科、整形外科の治療に力を入れて参りました。
特に近年は、ダックスフントやフレンチブルドッグ、コーギーなどの飼育頭数増加に伴って、椎間板ヘルニア、変性性脊髄症、脊椎不安定症など、またトイプードル、チワワなどに多く見られる水頭症、キアリ奇形、環軸不安定症などの脊椎脊髄疾患が増えており、当院でも脳神経外科症例だけで年間300頭を超える犬・猫の診察・治療を行っています。
しかし残念ながら、こういった神経疾患の中には、いまだ根治を目的とした治療が確立されていない疾患が少なくありません。
例えば、犬の椎間板ヘルニア神経学的グレード5は、従来の治療には限界があります。外科手術後の歩行回復率は約50%(1999年 Scott、2003年 Olby、2012年 Tamura)であり、半数の犬が歩行不可能な状態を余儀なくされているのが実情です。
椎間板ヘルニアってどんな病気?
ワンちゃんやネコちゃんにも、人と同じように背骨があります。
背骨は「椎骨」という骨が積み重なっていて、椎骨と椎骨の間には「椎間板」とよばれるクッションがあります。
椎間板ヘルニアとは椎骨と椎骨の間の「椎間板」が「何らかの影響で飛び出し神経(脊髄)を圧迫している」状況です。
事故や落下などの衝撃に伴い起こる場合と、何もしていなくても自然になってしまう場合があります。神経を圧迫することで痛みや麻痺が起こります。
椎間板ヘルニアは頸部(首)、胸部や腰部で発生することが多いです。
出典:みんなのどうぶつ病気大百科
<椎間板ヘルニア 犬>
また椎間板ヘルニアはハンセンⅠ型とハンセンⅡ型に分類されます。
ハンセンⅠ型
遺伝的な要因により変性した椎間板髄核が飛び出すことで脊髄が障害を受けるタイプであり、軟骨異栄養犬種で多く、急に症状が出ることが特徴です。
ハンセンⅡ型
加齢により脊髄が圧迫され障害を受けるタイプです。高齢で起こることが多く、徐々に症状が進行していくことが特徴です。
犬の椎間板ヘルニア ハンセンⅠ型
出典:みんなのどうぶつ病気大百科
<椎間板ヘルニア 犬>
どのような症状がみられるの?
「痛み」や「麻痺」が主な症状です。
・急に歩けなくなった
・足をひきずる
・抱っこしたときにキャンと痛がった
・どこか痛そう
・元気がなく散歩に行きたがらない
などの症状でご来院されることが多いです。
頚部の椎間板ヘルニアが重度の場合には4本足すべてが麻痺してしまい、横倒しになり、呼吸がうまくできなくなって苦しくなってしまう子もいます。
胸腰部の椎間板ヘルニアの場合には症状がでるのは「後ろ足のみ」です。
グレード別による症状
胸腰部の椎間板ヘルニアにはグレードとよばれる症状別の分類があります。
グレードは簡単に分けると以下のようになっています。
グレード | 症状 |
---|---|
グレード1 | 痛みのみで麻痺は見られない |
グレード2 | 軽い麻痺が見られるが、多少ふらつきながら自力で歩ける |
グレード3 | 自力で歩けないが尿意はわかり、トイレで排尿ができる |
グレード4 | 自力で歩けず尿意がないが、深部痛覚は感じている |
グレード5 | 自力歩行もできず、自力排尿もなく、深部痛覚もない |
※グレード1がもっとも軽くグレード5が最も重い状態です。
なぜ椎間板ヘルニアになってしまうの?
遺伝的な要因や加齢などが原因となると考えられます。
遺伝的な要因として椎間板ヘルニアになりやすい犬種として知られているのは
軟骨異栄養犬種と呼ばれる犬種で
・ダックスフンド(ミニチュアとスタンダード)
・ペキニーズ
・トイ・プードル
・コッカースパニエル
・W.コーギー
・シーズー
・ビーグル
など
これらの犬種以外のどのワンちゃんにも椎間板ヘルニアになる可能性があります。また、ワンちゃんだけでなくネコちゃんにもみられることがあります。
首の椎間板ヘルニアの平均発症年齢は8歳頃、腰の椎間板ヘルニアは上記の軟骨異栄養犬種では4~6歳、他の犬種では6~8歳でもっとも発症が多いといわれています。
椎間板ヘルニアの診断法は?
まずは神経学的検査と呼ばれる麻酔をかけないで行える検査を行い、病変の大まかな部位を特定しす。
CT・MRIで病変の状態を確認、その他脊椎疾患との鑑別を行います。
MRI検査画像
CTやMRIといった高次の画像診断が用いられます。
犬種や年齢、症状によりCT検査、MRI検査のどちらかまたは両方の検査が必要か判断し検査をすすめていきます。
MRI検査は脊髄そのものの状態を詳細に画像化してくれるので明確な診断が可能になります。
当院ではCT・MRI両方の検査機器がそろっているので一度の麻酔で診断を行うことが可能です。
どのような治療をするの?
グレードやCT・MRIの結果、その子の状況によって最適な治療法をご提案させていただきます。
内科治療
グレード1~2に関しては、安静(ケージレスト)や痛み止めなどの内服によって、治療を行います。
外科治療
グレード3~5では外科手術が適応になることがほとんどです。手術後も、院内でのレーザー治療が行えます。
術後のリハビリ
当院に入院して頂き、リハビリテーションによる運動機能回復のサポートを行っています。
・水中トレッドミル
・レーザー照射
・徒手療法
など
椎間板ヘルニアにならないための予防法はあるの?
腰に負担をかけないことが予防になります。
具体的には
適正体重をたもつこと
肥満や痩せすぎは筋肉が少なくなるため腰に負担がかかりやすくなります。
過度な運動は避けること
ソファーなどへのとび乗りやとび降りや段差ののぼりおり、お散歩中に引っ張ってしまうなどが椎間板ヘルニアの原因になることがあります。
すべらないように気を付けること
フローリングの床にはマットを敷いたり、足裏の毛や爪はこまめにカットをするとすべりづらくなります。
遺伝や加齢が原因となるため完全に予防することは難しいですが、特に軟骨異栄養犬種のワンちゃんは適度な運動と体重管理を行いましょう。
椎間板ヘルニアを発症したらどうすればいい?
ある日突然歩けなくなってしまった、強い痛みで元気がなくなってしまったなど椎間板ヘルニアが疑われる場合にはご自宅で様子を見るということはせずにまずご相談ください。
神経はダメージを受けた時間が長ければ長いほど回復が難しくなることがあります。
ワンちゃんの状態により検査や治療をご提案させていただきます。
当院では、CT,MRI検査、外科治療、リハビリ、再生医療(細胞治療)を実施しています。また発症してから時間がたっているワンちゃんでも診察させていただいています。
椎間板ヘルニアでお悩みの場合はお気軽にお問い合わせください。
田村獣医師の研究
2009年から病院での臨床治療の傍ら、日本獣医生命科学大学大学院獣医学研究科博士課程に在籍し、「犬の脊髄損傷の病態解析および脊髄再生医療」をテーマに研究に取り組んできました。
また大阪府の医学研究所北野病院および藍野大学再生医療研究所で客員研究員として、人医界の医師や研究者との共同研究も行いました。
現在、我々の研究における脊髄再生医療を従来の治療に併用することにより犬の胸腰部椎間板ヘルニア神経学的グレード5の治療後の歩行回復率は約90%を達成しました。
この成果は2011年に日本再生医療学会において口頭発表、また2012年には国際科学誌(Experimental and Clinical Transplantation)にて報告し、獣医界のみならず人医界からも大きな注目を集めました。
この研究報告が基になり2012年よりヒトの脊髄損傷症例において当院の脊髄再生医療が応用されています(医学研究所北野病院)。
症例をご紹介いただく病院様へ
当院ではCT、MRI、内視鏡などの画像診断、椎間板ヘルニアや発作等の神経科、腫瘍科、軟部外科、整形外科、皮膚科等の症例をご紹介いただいております。
ご紹介いただいた場合には、報告書をお渡しし、必要に応じてお電話でのご説明をしております。